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鹿児島地方裁判所 昭和45年(行ウ)8号 判決 1974年5月31日

原告 椎原武法

被告 国

訴訟代理人 小沢義彦 外八名

主文

被告は原告に対し金五千円を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一  原告が鹿児島刑務所において服役中に、所長あるいは職員から、原告主張の各処分を受けたことは当事者間に争いがない。

二  右各処分の違法性の有無について遂次検討する。

1  本件図書<小野清一郎・朝倉京一共著「監獄法」>閲読制限について

(一)  刑務所と服役者との間には公法上の特別権力関係が存し、服役者は刑務所長の包括的な支配に服して拘禁され、定役に服しなければならないものであるから、受刑者の諸種の基本的人権が、通常の社会生活を営なんでいる国民のそれよりも、刑執行の目的達成のために必要な限度において制約を受けることは已むを得ないところである。

(二)  図書閲読の自由は、憲法第一九条で保障されている思想および良心の自由に含まれる基本的人権であるが、服役者は右に述べた限度においてその自由を制約されることは已むを得ない。すなはち、刑務所長は刑執行上有害と認められる場合や受刑者の経歴、性格、受刑態度等諸般の事情に照らし、具体的に刑務所の紀律を害する虞れがある場合には、その者に対して、当該図書の閲読を制限することができるものというべきである。しかし、右制限は基本的人権を制約するものであるから、刑務所長の判断は慎重になされなければならず、行刑目的を強調し過ぎ、図書閲読の自由を不当に制限することがないようにしなければならない。

(三)  本件図書は監獄法およびその関係法令を法理論的に解説すとともに、その実際の運用状況を明らかにするために、訓令、通達等を数多く引用した行刑法についての学術的専門書であり、一般の法学徒の行刑法研究上のみならず、矯正の第一線にある実務家(矯正職員)の執務上の参考書としての役割を果す図書であること、および本件図書には被告主張のような内容の記述があることは当裁判所に顕著な事実であり、右記述のうちには教化上影響を及ぼし、受刑者がそれを知つて悪用すると刑務所の紀律を害する虞れがある事項の記述のあることは否定できない。

しかし、他面において受刑者は、適正な刑の執行がなされることを要求できることは当然なことであり、刑務所側の刑の執行の仕方等処遇に疑問の点があれば、現にそれを問題として訴訟中である場合はもとより、未だ訴訟を提起していない段階においても、その是非を知るため監獄法およびその関係法令に関する図書を閲読する自由は、できる限り保障されるべきところ、右法令について詳述した文献が少ないだけに、右法令についての知識を得るについて、本件図書を閲読することの有用性は大きいということができる。

右のような本件図書の記述内容、学術的専門書たる性格、行刑関係法令についての知識習得上の有用性等考えると、当該受刑者の経歴、性格、受刑態度等当該受刑者についての諸事情および収容施設の物的、人的状況等の客観的諸事情等から、本件図書を閲読させることによつて、教化上悪影響を及ぼし、あるいはその得た知識を悪用して刑務所の紀律を害する虞れがあるといえるのでない限り、本件図書の閲読を制限することは許されないと解するを相当とする。

(四)  そこで右見地に基づいて、原告に対して本件図書を閲読させるに当り、本件図書のうち、前記四六頁分のみを閲読させ、その余の部分を閲読させなかつた点の適否について、先ず考察する。

原告が昭和四四年三月以降、数回にわたつて訴を提起していることおよび法務大臣に対し昭和四三年九月九日付の情願書によつて情願をしたことがあることは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によると、原告の面接(処遇上の願い事や要望事項の申出、一身上の相談、苦情の申立等処遇全般にわたる問題について職員と面談を行う制度)回数は、昭和四三年から昭和四五年までの間において、一箇年につき七回ないし一三回であつて、他の収容者の年間平均回数が〇・五六回ないし〇・八六回であるのに比べ相当多いこと、また願箋(物品購入願、信書特別発行願、図書特別貸与願、飲食物、洗濯願等生活を行ううえにおいて事務上の処理を求めたり、願い事等を申立する場合に記載提出する用箋紙)提出件数は昭和四五年度において一一七件であり、収容者一人の平均が一四・一件であるのに比べ非常に多いことが認められ、これらの事実によると、原告は他の収容者に比して抗争性の強いことが窺われないではなく、原告に本件図書の閲読を許すことによつて、更に面接あるいは願箋の回数が増し、それが職員の業務処理に何らかの影響を与えるであろうことも推察し得ないではないが、面接あるいは願箋、更には訴の提起の回数が多かつたからといつて、原告が本件図書を閲読すれば、それによつて得た知識を悪用して、刑務所の紀律を害する虞れかあつたものとは断じ難い。そして、他には原告が本件図書を閲読することによつて得た知識を悪用して、刑務所の紀律を害する具体的虞れがあつたことを認めるに足る証拠はない。

してみると、所長が原告に対し、本件図書のうち、前記四六頁分を除いた部分の閲読を不許可とし、あるいは本件図書の仮下閲読願を不許可とした処分は、当裁判所に顕著な本件図書の記述内容からみて、受刑者の教化上特段悪影響を及ぼす虞れがあるものとは考えられない在監者一般に対する日常の処遇に関する規定についての部分の閲読を許可しなかつた限度においては、違法な処分といわざるを得ない。

(五)  次に、原告に本件図書を閲読させるについて、一日に午後七時から午後八時までの一時間づつ、三日間に限つて閲読を許可した点の適否について判断する。被告は、右の許可期間が本件図書のうちの閲読を許可した部分を閲読するに必要と認められる期間であると主張する。しかしながら、

(1)  <証拠省略>によると、鹿児島刑務所における収容者に閲読させる図書、新聞紙等の取扱は、所長の達示「収容者閲読図書取扱規程」によつてその運用がなされているが、閲読期間については、昭和四五年二月一日達示第二号「収容者閲読図書取扱規程」<証拠省略>第一九条第一項に、「私本の閲読期間は週刊誌類は十日間以内、月刊雑誌については一ケ月間以内とし、単行本については三ヶ月以内において適当な期間を定めるものとする。」と、同条第三項に「閲読期間の更新を願出る者があるときは、その理由を調査の上、必要と認めた場合には一回に限り更新を許可することができる。但し普通雑誌については認めない。」と定めており、<証拠省略>によると、同人は昭和四四年三月二五日から昭和四六年三月二五日までの間、鹿児島刑務所の教育課長をしていた者であるが、その間において、閲読時間まで制限した例は、原告に対する本件図書閲読についてなした以外にはないこと、

(2)  本件図書は学術的専門書であり、普通の雑誌や単行本等と異なり、ひととおり読めば足りるという図書ではないこと、

(3)  <証拠省略>によると、居房には各房一燈以上を設けること、および居房の電燈は床面積一平方メートルに付一燭光以上となすべきことが定められており<証拠省略>によると、鹿児島刑務所では、居房の照明用電燈は一名定員の房は三〇ワツトと定めているところ、原告の当時の居房は一名定員で、右定めのとおり三〇ワツト電燈一個であつたことが認められるが、右の照明では、当裁判所に顕著な本件図書の印刷の態容(活字の大きさ、その配列の状態)に照らし、閲読を許可された部分のみでも、これを三時間で閲読するに適したものであるといえないことは、経験則上明らかであること、

以上の諸点を考慮すると、所長が、原告に対して本件図書を閲読させるために許した期間は、前記の閲読を許可した部分の閲読のための期間としても、あまりにも短かきに失したもので、右期間の制限は違法なものといわざるを得ない。

(六)  以上述べたところにより、請求原因1の(三)に記載の所長のなした本件図書閲読についての各処分は、いずれも違法な処分といわなければならない。

2  図書の強制領置処分について

(一)  <証拠省略>を総合すると、鹿児島刑務所における図書の同時所持冊数の取扱および原告が所持していた図書の強制領置の経緯について、次の事実を認めることができる。

(1)  昭和四五年二月当時、鹿児島刑務所では、図書の貸与、閲読許可冊数については、前掲昭和四五年二月一日の達示第二号「収容者閲読図書取扱規程」により、「居房における同時貸与閲読許可冊数は別表一による。」(同規定第四条第一項)、「辞典、経典、学習用図書は各級とも三冊以内に限り制限外とする。但し特別の理由あるときはこの限りではない。」(同条第二項)、(通信教育並びに学科教育受講生、その他特別の理由ありと認められる場合は、以上の制限によらないことができる。」(同条第三項)と定め、右「別表」には四級者の所持し得る冊数として、官本一冊、私本一冊と定められていた。

(2)  原告は、右当時四級者であつたが、昭和四四年中に所長を被告とする行政訴訟事件を四件提起しており、所長、原告が右訴訟の提起、追行のために法律関係図書を閲読する必要があるものと認め、右第四条第二項の但書により、辞典類のほかに、別紙領置図書一覧表に記載の図書三四冊の私本の同時所持を許していた。

(3)  昭和四五年五月六日、所長は達示第四号によつて、前記達示第二号による規定第四条第二項但書を、「特別の理由があるときは、更に三冊以内に限り許可することができる。」と、同条第三項を「通信教育並びに学科教育受講生については以上の制限によらないことができる。」と、すなわち、通信教育、学科教育受講生以外は、別表に定める制限を超えて居房において所持することを許可できる冊数を、辞典、経典、学習用図書を含めて最大限六冊とすることに改正、これを即日実施することとした。そこで同月八日職員が原告に対して右改正を告げるとともに、右改正によると制限の限度内で所持を希望する辞典類以外の図書三冊を選択するように告げたが、原告が、先に受けていた所持の許可に期間の制限がなかつたことを理由に、あくまで先に許可を受けていた図書全部の所持を希望する旨主張して、これに応じなかつたため、職員は止むなく、原告の所持していた図書のうち、六法全書や辞典類等三冊を除いたその余の図書である別紙領置図書一覧表<省略>に記載の三四冊の図書を引きあげて、これを領置した。

以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(二)訴訟を追行中、あるいは提起しようとする者は、自己および相手方の主張、立証の当否等について始終検討をする必要があり、そのため、何時でも、必要な参考書を閲読できるように、手許に多数の参考書があることが望ましいことは自明のことである。しかし、さきに説示したように、受刑中の身である以上、刑執行の目的達成のために必要な限度において右の利益が制約を受けることは已むを得ないところであり、特に、同時に所持冊数の制限は、閲読内容の制限と異なり、思想および良心の自由を直接侵害する虞れは少ないこと、刑務所長は刑務所の紀律を維持するために、鑑獄官史をして居房内に逃走用具その他反則品所持の有無等の検査を少なくとも毎日一回行わせなければならない(監獄法施行規則第四五条)が、右検査を円滑に行うため、また服役者の処遇の公平を維持する必要もあることといつた点を合わせ考えると、同時所持冊数の制限については刑務所長に相当広範な裁量権を認めるのが相当であり、前記認定の鹿児島刑務所における昭和四五年達示第二号、およびその一部を改正した同年達示第四号による、居房における同時貸与閲読許可冊数の制限は、右の点について所長に認められるべき裁量権の範囲を逸脱した違法な制限ということはできず、従つて、右達示により定めたところに則り前記認定のとおりの経緯により別紙領置図書一覧表<省略>の図書三四冊についてなされた強制領置処分は違法ということはできない。

3  書類の強制領置処分について

訴訟を追行する者にとつて、訴状、答弁書等双方の主張を記載した書類や証拠申出書といつた訴訟関係書類を手許に所持していることが必要であることはいうまでもなく、受刑者は刑務所における紀律の維持や受刑者の公平な取扱の必要性等から、その所持を許されるものについて多くの制限を受けるものではあるが、受刑者といえども憲法第三二条が保障している裁判を受ける権利を有しているものであり、この権利を実質的に保障し、訴訟準備をできる限り十分に行うことができるようにするため、右制限の必要性を充分考慮しても、現に係属中の訴訟関係書類は、これを居房内で所持することを許すと、悪用して紀律を犯す行為をする具体的虞れがある場合のほかは、居房内で所持することを許すべきものというべきであり、右の虞れがあるといえないのに、その所持を許さないのは違法な処分というべきである。

前記図書と共に強制領置した書類中に、当時係属中の訴訟関係書類が存したことは弁諭の全趣旨に徴して明らかであり、原告が右訴訟関係書類を悪用して、紀律を犯す行為をする具体的虞れがあつたことを認めるに足りる証拠がない以上、右訴訟関係書類を強制領置した処分は違法な処分といわざるを得ない。

4  書類の廃棄処分について

被告は、情願書の控を廃棄したのは、原告に対して、房内所持を認める理由がないので、これを領置する旨告げたところ、原告はこれに応せず、また自ら廃棄することも拒否して職員によつて廃棄されることを希望したことによるのであるから、違法性はない旨主張するので、この点について判断する。

<証拠省略>のうちには、従前原告が情願書の控を居房内で所持することを許されていたのは、原告が提起していた行政訴訟に関係があるということを理由とするものであつたところ、情願という言葉が出る訴訟事件については昭和四五年二月二三日に却下判決が言渡され、同判決は確定し、情願書の控を所持させる理由がなくなつたので、五月三〇日に石丸看守長が原告に対して、その旨、および情願書の控を提出するか、廃棄すべきこと、提出して領置することになると、領置検査をする必要上、内容を見ることになるが、それで差支えないなら提出し、内容を見られたくないのであれば廃棄すべき旨を告げたところ、原告は最初はいずれの処置も拒絶していたが、再度呼んで同趣旨を告げた結果、原告が「廃棄して下さい」と言つたので、これを破つて廃棄したものである旨の証言がある。しかしながら、

(一)  原告が、右廃棄して欲しい旨を述べるまでの間には、請求原因事実中の一の2の(二)の(1) ないし(3) 、(5) ないし(7) に記載の経緯があつたことは当事者間に争いがなく(但し、右(3) の事実中の青木警備隊長が原告に対して当初に告げた内容は除く)、右経緯によると、原告は情願書の控を所持することに強い執着を持つていたことが認められ、かつ、かかる原告に対して、青木警備隊長、石丸看守長、石塚副看守長ら職員が執勧に任意提出を求め、原告が拒絶するや、強制的にこれを持ち去つた末、更に石丸看守長が原告に対して領置か廃棄かの選択を迫つたものであることが明らかであること、

(二)  <証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、鹿児島刑務所においては、法定の理由によつて強制的に廃棄処分に付する場合(監獄法第五一条第三項、第五三条第二項、第五四条等)でなく、在監者の希望によつて廃棄する場合には、廃棄処分願を提出させる等して、そのことを明確にしたうえで廃棄処分に付す取扱いがなされているところ、右情願書の控の廃棄については、原告から廃葉願が提出されていないことは当事者間に争いがないこと、

これらの点に照らすと、仮に前記<証拠省略>のような問答の末、原告が「廃棄して下さい」と言つたとしても、それは原告が自棄的に言つたに過ぎず、真意に基づいて言つたものとは認め難く、他に原告が職員によつて廃棄されことを希望したと認めるに足る証拠はないので、被告の前記主張は採用できず、結局情願書の控を廃棄した処分は、法定の廃棄処分をなし得る場合に当らず、かつ原告の真意による承諾を得ないでなされたもので、違法な処分といわざるを得ない。

三  そこで、右の違法な各処分について、所長あるいは職員の故意、過失の有無について判断する。

1  本件図書を受刑者に閲読させる場合に、その閲読させる範囲について如何なる制限を付することが許されるかということは、行刑目的達成と受刑者の基本的人権の保障という重要な事項を、個々具体的事案に即して如何に調整するかという問題であり、相当高度の法律的素養と行刑上の専門技術的知識経験とがなければ、適正な判断をすることの困難な問題であり、従つて、閲読範囲についてなした制限処分が違法であるからといつて、直ちに右制限処分をなした者に、受刑者の権利の侵害についての過失があるものと推認することは妥当でない。

ところで、<証拠省略>によると、昭和四一年一二月一三日、矯正甲一三〇七号法務大臣訓令、「収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程」は、その第三条で、受刑者に閲読させる図書、新聞紙等は、身柄の確保を阻害するおそれ、および紀律を害するおそれのないもので、かつ教化上適当なものでなければならない旨、すなわち、教化上適当であるということを閲読許可の積極的要件として定めており、教化上不適当であるということを閲読許可の消極的要件とするという形式をとつていないことが認められること、<証拠省略>によると、所長が原告に対して本件図書閲読範囲の制限をなすについては、総務部長、管理部長、各課長等をもつて構成する刑務官会議にはかり、右訓令のほか、「訴訟事件の判決について」と題する昭和四二年一二月四日付矯正局長通達<証拠省略>等も参考として検討した結果なされたものであることが認められること、右局長通達に掲記された行政訴訟事件の控訴審の判決が、所長の原告に対する本件図書閲読許可範囲の制限処分がなされる前に確定していたことは当裁判所に顕著なことであるが、右判決は、受刑者が本件図書と同じ図書の購入のために、その領置金を使用することの許可を求めたのに対して、これを不許可とした処分、すなわち、当該受刑者に対して本件図書の閲読を全く許さないことに帰着する処分を違法と判示したものであり、受刑者に対して本件図書の閲読許可範囲を一部分でも制限することは総て違法であるということまで判示したものではないことを合わせて考えると、右訓令、通達は、所長が図書等の閲読許可処分を行うについて、所長に対して法的拘束力をもつものではないことを考慮しても、下級行政庁である所長が原告に対して、本件図書の閲読を許可する範囲を制限したことについては、公務員としてなすべき注意義務を尽した、すなわち、原告に対してなした本件図書の閲読許可範囲の制限が、原告の権利を違法に侵害することになるということを認識しなかつたことについて過失はなかつたと認めるのが相当である。

しかしながら、所長が原告に対してなした本件図書の閲読許可期間の制限の点については、<証拠省略>、および弁論の全趣旨によると、原告に対して閲読を許可した本件図書の一部四六頁を通読するに足りる時間は何程かという観点のみからその閲読許可期間を定めたものであることが認められるが、本件図書は一度通読すれば足りるという性質の図書ではないこと、しかも閲読を許可した期間が、その長さと特定した時間、原告の居房の照明の状態等から閲読を許可した部分を通読するについてすら十分であるといえないものであることは、本件図書自体、および鹿児島刑務所の居房の照明設備の状態から所長にも容易に知り得たものということができるから、仮に、原告に対してなした本件図書の閲読許可期間の制限が、原告の権利を違法に侵害することになるということを所長が認識しなかつたとしても、右の認識をしなかつたことについては所長に過失がある、すなわち、原告に対して本件図書の閲読期間の制限をしたことについて所長には少くとも過失の責任があるということができる。

2  <証拠省略>によつて認められる刑務所における一般的取扱の実際からみても、受刑者が訴訟を追行している場合には、その訴訟関係書類は特段の事情がない限り居房内において所持することを許すべきものであることは、行刑担当職員として容易に知り得べきことであるということができるから、前記のとおり、鹿児島刑務所における収容者閲読図書取扱規程の改正に基づく、原告に対する図書の同時所持許可冊数の変更によつて、原告が居房内において所持していた図書を領置することに附随して、当時原告が追行していた訴訟の関係書類をも領置して、原告の右書類を所持できる権利を侵害したことについては、所長に少くとも過失の責任があるということができる。

3  原告の情願書の控を石丸看守長が破るに至つた前記のとおりの経過からすれば、よしんば原告が石丸看守長に対して「廃棄して下さい」と言つたとしても、同看守長としては、右の原告の言葉がその真意に基づくものでないことを推知できたものということができるから、石丸看守長が原告から右言辞を得たことを理由として、情願書の控を破つたことについては、同看守長に過失の責任があるということができる。

四  そこで、右の違法、有責な処分によつて原告が被つた損害に対する相当慰籍料額について検討する。

1  原告が本件図書の閲読許可期間を違法に短期間に制限されたことによつて、本件図書のうちの閲読を許可された部分をも十分に閲読することができず、本件図書を閲読しようとする意思の実現が阻害され、さらには、これによつて当時原告が追行していた訴訟の準備に支障を受けたと感ずる等、何らかの程度で精神的苦痛を受けたであらうことは推認できるが、閲読許可された部分が四六頁であり、かつ許可された時間では事実上全く閲読不可能に近いものであつたというのではないこと、原告は本件図書より前に、行刑法の基礎的法理論の解説を目的としたものではあるが、行刑法についての学術専門書二冊を相当長期間に亘つて閲読を許可されていたことなどを考え合わせると、原告が本件図書の閲読期間を制限されたことに対する慰籍料としては金三千円をもつて相当と考える。

2  前記のように、訴訟関係書類は一旦強制領置されたのであるが、その後、原告の願い出により、これを領置下、交付を受けたことは原告の自陳するところであり、<証拠省略>によると右交付までの期間は二、三日間位であつたことが認められるから、右強制領置によつて受けた原告の精神的苦痛の程度は軽微であつて、慰籍料請求権を生ぜしめる程のものではないということができる、

3  情願書の控の経済的価値は極く軽微なものであることは明らかであるが、前記の右控が破棄されるに至つた経緯からすれば、原告は右控を所持していることに相当強い執着をもつていたことが認められるから、これを破棄されたことによつて、精神的苦痛を被つたことは推認されるが、本件の弁論の全趣旨のほか、当裁判に顕著な本件以外の原告が提起した訴訟における原告の訴訟追行の仕方等を総合すると、原告は破棄された情願書の控の記載内容を、他の書類への記載、あるいは記憶等によつて概ね確保していることが窺われるので、情願書の控を破棄されたことに対する慰籍料としては金二千円をもつて相当と考える。

結論

以上のとおりであるから、原告の本件請求は、本件図書の閲読期間を制限されたことによる慰籍料として金三千円、情願書の控を廃棄されたことによる慰籍料として金二千円の支払いを求める限度においては理由があるが、その余の請求はいずれも理由がないものといわなければならない。よつて、原告の請求を右の理由のある限度で認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寺井忠 出寄正清 坂主勉)

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